怪奇大作戦 欠番『狂鬼人間』

凄い話でした。

心神喪失状態にある人間の犯した行為はこれを罰しない』という刑法39条。
これによって殺人行為を不問に付され、しかし重度の精神疾患にあったはずの犯人達はわずか2ヶ月程度で回復して平然と社会復帰していく…という事件が続発。調査班SRIはその背後に共通して関与している謎の女の存在に迫る。

あらすじを詳しく紹介しようとするには現在では不適切な表現を数多く使わざるを得ず、オレの文章力で適切に書ける自信は無いので知りたい人は「狂鬼人間」でネット検索しましょう。
オススメはここ、空想科学研究所のページ。あらすじも要点をまとめているし、事の顛末を法の見地から上手に分析してまとめているのはさすがプロの仕事ですね。
現在では絶対に放送することが許されないようなテーマの筋書きであるものの、実際に近頃は正気の沙汰とは思えない通り魔的凶行が頻発しており、世間では犯人に対する憤りや警察・司法の対応に対する不満が高まっているのも事実。今日に至ってまさにこの作品のテーマが大きな意味と痛みを持って訴えかけてくる時代になったのかも知れません。


しかしそれはあくまでも
「司法によって裁かれない罪への怒りはどこへ向かえばよいのか」
というテーマで、その原因は心神喪失なり少年法なりと色々な形で存在するのであって、そのうちの一つだけに限定されて非難されるべきものではありません。
一方で「怪奇大作戦」はそもそも怪奇・恐怖を題材にエンターテイメントな内容を趣旨としている作品ですから、今エピソードにおいても何よりも「『襲い掛かってくる異常者の姿』というモチーフをいかにスリル溢れるものに描くか」ということに創作家たちの努力が傾けられた結果、精神病者を紋切り型に「いきなり何をしでかすか分からない恐ろしい存在」という使い方でしか登場させていないのも事実です。製作当時の時代にはまだこの偏見がタブーというよりは境界線上にある興味深いテーマという捉え方をされていたのでしょう。
平穏な家庭の日常生活の中にある日突然パリーン!と窓を破って庭から勢いよく侵入してくる殺人鬼…というシチュエーションを撮ったカットの迫真の恐怖、特に上半身裸で奇声をあげながら長ドスを振り回す名バイプレイヤー・大村千吉さんの迫力といったら、その役者ぶりに大喝采をあげたくなるような素晴らしさであり、映像表現としては目を見張るほどに演出力のパワーに満ちているのですが…。
心の病=危険な人というイメージは偏見であってあくまでも問題は度合いの大小と、自分の心への向き合い方次第。
そうした観点が浸透しつつある今の時代の我々の価値観から観て、この作品はそうしたわきまえがちゃんと出来てフィクションを受け止めることの出来る人間以外の目には触れさせるべきでありません。



ちなみにオレがこうしたお蔵入り作品に惹かれているのは、
「うはは、××××とか言っちゃってるよヤバイよヤバイよーw」
と言って笑って面白がりたいわけでは殆どありません(まぁ10%くらい無いとはいいませんけど)。
人は何故ドラマを観、本を手にするか?それは様々な価値観に触れるため。自分と同じ価値観を持った作品に出会って同調したりウケたりする快感。或いは今まで自分の中に無かった価値観・ものの見方をみせつけられて自分の中の価値観が揺るがされる驚き、新たな価値観を学んで身につける喜び。そうしたものを求めることに全ての人の読書や観劇の目的は集約されるというのがオレの考えです。
そんなオレにとって、危険視されてお蔵入りになるほど人の価値観をえぐって揺さぶってみせたような作品が過去に存在する、と聞けばそりゃ是非オレも観て価値観えぐられてみたいという、ある種マゾヒスティックな欲求が純粋に湧いてくるわけです。